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今からもう何年も前のことです。公立高校の入試前日のことでした。夜の授業が終わって、その日のミーティングをしていると校舎の電話が鳴り、近くにいた私が受話器を取りました。
すると電話の向こう側で、
「先生、先生・・・」
って女の子が泣いているのです。
「どうした?名前言わんと、誰かわからんだろう。」
「Mです。」
声が震えていて、聴き取りにくかったのですが、すぐに誰だかわかりました。
「Mか、どうした?何かあったのか?」
そうたずねると、
「明日、入試ですよね。それを考えていたら、震えてきて、涙が止まらなくなって、怖くて。先生、どうしたらいいですか?助けてください。」
Mさんは小学6年生の春に入塾してきました。「先生、質問いいですか?」「先生、同じ問題ですけど、もう1回聞いてもいいですか?」彼女が口を開くと、そのセリフでした。私が返す言葉はいつも同じでした。「M、質問したら、その問題を絶対に解き直しなさい。それで解き直せなかったら、何度でも質問に来なさい。」そんなやり取りを、おそらく100回以上は繰り返したと思います。とにかくよく質問する子でしたが、質問して分かったつもりになってしまって、復習しないで、同じ問題を間違える、それをずっと繰り返しながら少しずつ成長を重ねてきた子なのです。
「M、今のお前の実力なら、本当に普段通りの点数が取れれば、絶対大丈夫だって。心配するな。僕が大丈夫って言って落ちた子はおらんから。」
「けど、先生、最近毎日、私だけ落ちる夢を見るんです。友達はみんな受かって喜んでいるのに、私の番号だけがなくて、泣いてたら目が覚めるって夢ばかり。なんか予知夢なんじゃないかって思えてきて。」
「大丈夫。僕が今までに嘘をついたことがあるか?」
「ありません。」
「じゃあ、どれだけMが不安に思っていたとしても、僕が大丈夫って言っているんだから、その言葉を信じなさい。」
「けど・・・」
そんなやり取りを2時間くらいしたでしょうか。最後は段々落ち着いてきて、
「頑張ってきます。」
「頑張らなくて良いから、普段通りにやってこい。」
「はい。分かりました。ありがとうございました」
と言って電話を切りました。
入試当日、夕方になるとMさんは塾に来て、「どうしよう、どうしよう」と言いながら自己採点をしていました。僕に「大丈夫、その点数なら受かるから。」と言って欲しかったんでしょうね。その言葉を聞くと安心して嬉しそうに帰っていきました。
それから3年後、Mさんが塾にやってきて言いました。
「先生、私、塾でアルバイトしたいんですが、雇ってもらえますか?」
「もちろん!昔、たくさん教えた分、たくさん働いてもらうからな。」
「私、苦労なんてかけましたっけ?」
悪びれずに答えるMさんを見て、大きくなったなって思いました。
さらに4年後、
「先生、私、郵便局に就職が決まりました。年賀状、買ってくださいね。」
「じゃあ、買うからまけてね。」
「まかりません。」
そんなやり取りをしながら、彼女は社会人になっていきました。泣き虫だったMさんが、郵便局に勤めて、元気でやっている、そう思うと嬉しくてたまりません。今でも「先生、質問いいですか?」「先生、どうしよう、全然わからん。」って言っていた頃のことを思い出します。
Mさんは今でも郵便局に勤めているでしょうか?それとも結婚しているでしょうか?私は校舎が変わってしまったので、それを知るすべはありませんが、Mさんがどこかで元気にそして、幸せに暮らしてくれていたらなって思います。そして、またいつか、「先生、質問いいですか?」「先生、もう1回聞いてもいいですか?」っていう子に出会ったら、お母さんの名前を聞いちゃうでしょうね。もしかして、「お母さんの名前はMって言うんじゃない?」って。
卒業していった子の数だけ、私には思い出があります。それを、今通ってくれている子どもたちに時々話しながら、「先輩たちの夢への軌跡」として、伝えているのです。そして、今通ってくれている子たちもまた、いつか後輩たちに「N君って子がいてね。」っていう夢への軌跡として語り継がれていくのでしょう。
時々考えます。私が初めて授業をした子どもたちは何をしてるかな?いくつになったかな?って。もうとっくに大人になっていて、それぞれの人生を歩んでいるんだろうなって思います。もう会うことはできないかもしれませんが、時々、思い出しては、幸せでありますように、と願っています。もし、いつか、彼ら彼女らの子どもたちが、私の元に通って来てくれるなら、私は昔と変わらぬパワーで、いや、昔以上のパワーで「子どもたちだった彼ら彼女ら」の「子どもたち」に世界で一番分かりやすい授業をするでしょう。「K君って子がいてね。」ってもしかしたら、その子のお父さんやお母さんの軌跡を話すかもしれません。そんなこと考えていたら、塾講師、やめられませんよね。
あの日のこと・・・
一宮開明校 黒田元成
今回は11月ですので、この時期に相応しい?「あの日のこと・・・」をお話しします。今からもう何年も前のことです。公立高校の入試前日のことでした。夜の授業が終わって、その日のミーティングをしていると校舎の電話が鳴り、近くにいた私が受話器を取りました。
すると電話の向こう側で、
「先生、先生・・・」
って女の子が泣いているのです。
「どうした?名前言わんと、誰かわからんだろう。」
「Mです。」
声が震えていて、聴き取りにくかったのですが、すぐに誰だかわかりました。
「Mか、どうした?何かあったのか?」
そうたずねると、
「明日、入試ですよね。それを考えていたら、震えてきて、涙が止まらなくなって、怖くて。先生、どうしたらいいですか?助けてください。」
Mさんは小学6年生の春に入塾してきました。「先生、質問いいですか?」「先生、同じ問題ですけど、もう1回聞いてもいいですか?」彼女が口を開くと、そのセリフでした。私が返す言葉はいつも同じでした。「M、質問したら、その問題を絶対に解き直しなさい。それで解き直せなかったら、何度でも質問に来なさい。」そんなやり取りを、おそらく100回以上は繰り返したと思います。とにかくよく質問する子でしたが、質問して分かったつもりになってしまって、復習しないで、同じ問題を間違える、それをずっと繰り返しながら少しずつ成長を重ねてきた子なのです。
「M、今のお前の実力なら、本当に普段通りの点数が取れれば、絶対大丈夫だって。心配するな。僕が大丈夫って言って落ちた子はおらんから。」
「けど、先生、最近毎日、私だけ落ちる夢を見るんです。友達はみんな受かって喜んでいるのに、私の番号だけがなくて、泣いてたら目が覚めるって夢ばかり。なんか予知夢なんじゃないかって思えてきて。」
「大丈夫。僕が今までに嘘をついたことがあるか?」
「ありません。」
「じゃあ、どれだけMが不安に思っていたとしても、僕が大丈夫って言っているんだから、その言葉を信じなさい。」
「けど・・・」
そんなやり取りを2時間くらいしたでしょうか。最後は段々落ち着いてきて、
「頑張ってきます。」
「頑張らなくて良いから、普段通りにやってこい。」
「はい。分かりました。ありがとうございました」
と言って電話を切りました。
入試当日、夕方になるとMさんは塾に来て、「どうしよう、どうしよう」と言いながら自己採点をしていました。僕に「大丈夫、その点数なら受かるから。」と言って欲しかったんでしょうね。その言葉を聞くと安心して嬉しそうに帰っていきました。
それから3年後、Mさんが塾にやってきて言いました。
「先生、私、塾でアルバイトしたいんですが、雇ってもらえますか?」
「もちろん!昔、たくさん教えた分、たくさん働いてもらうからな。」
「私、苦労なんてかけましたっけ?」
悪びれずに答えるMさんを見て、大きくなったなって思いました。
さらに4年後、
「先生、私、郵便局に就職が決まりました。年賀状、買ってくださいね。」
「じゃあ、買うからまけてね。」
「まかりません。」
そんなやり取りをしながら、彼女は社会人になっていきました。泣き虫だったMさんが、郵便局に勤めて、元気でやっている、そう思うと嬉しくてたまりません。今でも「先生、質問いいですか?」「先生、どうしよう、全然わからん。」って言っていた頃のことを思い出します。
Mさんは今でも郵便局に勤めているでしょうか?それとも結婚しているでしょうか?私は校舎が変わってしまったので、それを知るすべはありませんが、Mさんがどこかで元気にそして、幸せに暮らしてくれていたらなって思います。そして、またいつか、「先生、質問いいですか?」「先生、もう1回聞いてもいいですか?」っていう子に出会ったら、お母さんの名前を聞いちゃうでしょうね。もしかして、「お母さんの名前はMって言うんじゃない?」って。
卒業していった子の数だけ、私には思い出があります。それを、今通ってくれている子どもたちに時々話しながら、「先輩たちの夢への軌跡」として、伝えているのです。そして、今通ってくれている子たちもまた、いつか後輩たちに「N君って子がいてね。」っていう夢への軌跡として語り継がれていくのでしょう。
時々考えます。私が初めて授業をした子どもたちは何をしてるかな?いくつになったかな?って。もうとっくに大人になっていて、それぞれの人生を歩んでいるんだろうなって思います。もう会うことはできないかもしれませんが、時々、思い出しては、幸せでありますように、と願っています。もし、いつか、彼ら彼女らの子どもたちが、私の元に通って来てくれるなら、私は昔と変わらぬパワーで、いや、昔以上のパワーで「子どもたちだった彼ら彼女ら」の「子どもたち」に世界で一番分かりやすい授業をするでしょう。「K君って子がいてね。」ってもしかしたら、その子のお父さんやお母さんの軌跡を話すかもしれません。そんなこと考えていたら、塾講師、やめられませんよね。
ケイセツゼミナール at 2023.11.13 11:07│comments (0)│trackback (x)│
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